FIREWATER

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ジョージ.ハリスン

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2010.6.4
ジョン、ポールと描いて、必然的にジョージが描きたくなってきました。

担当の美容師さんが大のビートルズファン(とりわけジョージファン!)で、髪を切ってもらいながら、踏み込んだビートルズ談義を楽しませてもらっています。
去年の今頃のことなんだけど、ジョージを描きたいけどなかなかいいショットがないと話したら、「いい写真があるよ!」と言って、この絵の元となった写真を見せてくれました。
66年5月、’RAIN’のPVの時のショットだと思うんだけど、ビッときめたジョージに少し腰がひけてしまった。
僕が馴染みのジョージとは、インド音楽に目覚めて、やたらとインド風なジョージであり、その延長上の’ALL THINGS MUST PASS’の長髪、髭の仙人風ジョージであり、また初期の頃の幼い少年のようなジョージであり、その写真のようなイメージは全然なかった。
僕のジョージのイメージとはかけ離れていましたが、何かひっかかるものがあったので、とりあえずその写真ののった雑誌をかりて帰りました。

借りて帰ったものの、すぐにそのジョージを描く気にはならなかった。人物を描くには、そのモデルを自分なりに深く理解しないと描けません。
という事でまずはジョージのイメージを確立させていく事から始めました。
でもジョージのイメージというのは、ビートルズの変貌と同様に、色々変化していくのでどれが本当のジョージかなかなかつかめない。ビートルズ時代のジョージは本当につかみどころがなく、理解しようとすればするほど遠ざかっていってしまいました。
そこで、ソロになってからの作品を買い集め聴き込みました。
色んな作品を聴いていくにつれ、漠然とではありますが、ジョージのイメージができてきた。

そしてそんな漠然としたイメージの中、去年の8月にようやく描き始めたのでした。

描き始めたはいいものの、ようやくつかみはじめたジョージと、その写真は全然イメージが一致せず困ってしまった。サングラスをしているのも困った。やっぱり目が、その人の大部分を表すのだと考えているもので。
ビートルズ好きの友達とジョージについて語りあったり、髪を切りにいって美容師さんのジョージのイメージを聞いたり、髪をジョージカットにしてもらったりしながら、ちょっとずつ描きすすめていきました。
途中で依頼された絵を描いたりして、一時中断を幾度となく繰り返しながら、本当にゆっくりと進めていった。

そして去年の12月から今年の2月にかなり長い中断を経た後、3月27日、突然この写真のジョージが、漠然と形作られたジョージと一致したのです。この感覚はうれしかったです。でも何でもそうだと思うんだけど、行き詰った時はしばらく離れてみるのが一番だと思うのです。描かれるのが望まれているなら、それは自然におりてくるはず。
3月27日にこの絵は全てが決まりました。その後はその一致したイメージに近づけていくだけです。その作業はただただ楽しい!何にも考えず、ジョージを聴きながら、心の奥の深いところまで入りこんでいきます。ジョージのこと意外にも、色んなことが頭に浮かんでは消えていきます。ジョージも瞑想をよくやっていたみたいだけど、そんな感じに近い気がします。

ジョージ.ハリスンは、その場その場の雰囲気を捉えるのがとてもうまかった。
ジョージのファッションが、一番ビートルズの時代を体現している。ジョージのイメージがつかめなかったというのも、ジョージの特性から生じているもので、捉え方は間違っていなかったのもしれない。
でもその表面上での変化の中で、じっくりと耳をすますと、ジョージ独自の音がはっきりと聴こえてきます。天才のジョンとポールの間を縫うように、ジョージの独自の個性は水面下でひろがっていく。その役割からかあまり主張はしないですが、はっきりとしたジョージの音がそこに存在する。
ビートルズは、ジョンとポールがいればあとの二人は誰でもよかったという人は多いですが、ジョージの個性により、奥行きが増すというか、良いアクセントがつくというか、とにかくいい味が出てくる。与えられた役割をきれいにこなしているんですね。
その個性はソロになってから確立されていき、死ぬ直前まで制作を続けます。遺作となった’BRAIN WASHED’はすばらしい作品です。
いつかソロになってからのジョージも描いてみたい。
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by firewater19780530 | 2010-06-29 22:51

ジョン.レノン

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2003.12.14

色々迷っていた十代の頃、ジョン.レノンの屈折した感じにとても共感を得ました。


ビートルズのコンサートツアーから解放され、何にもすることがなくなり、ジョンはようやく立ち止まって自分を見つめ直します。
ストロベリー.フィールズ.フォーエバーは、そんな心の余裕から生まれたジョンの傑作です。ただの余裕じゃなく、本物の余裕です。
ストロベリーフィールズは、誰にも立ち入ることのできない、自分の意識の中のとても静かな場所です。そして僕にとって一番大切な、とても個人的な曲です。

そのストロベリー.フィールズ以降の、とりわけホワイトアルバムのジョンが大好きで、何度も何度も繰り返し聴きました。聴くというよりも、自分の中に入ってくるという感じでした。

この絵は、たぶんイマジンのアルバムを制作している時だと思います。ジョンの迷いがなくなりストレートな感情をぶつけることができるようになって、一番自信を持っていた(ような気がする)頃ですね。
そんな正直なジョンが大好きで、その感情を十代の終わりから二十代の前半にかけて、正面からうけとった。
そのダイレクトに受け取ったエネルギーを自分というフィルターを通過させて、正直にぶつけた作品です。

偶然なんだけど、この絵はジョンの命日に描き始めました。
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by firewater19780530 | 2010-06-15 00:49

ポール.マッカートニー

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2008.11.23
若い頃は、ポールが大嫌いでした。
というか、ジョンレノンが大好きすぎたのです。ジョンの屈折したところや、破滅的なところ、正直なところ、単純なところ、繊細なところ、ルックス、ファッション、雰囲気、生き方などなど....。
あらゆる面で当時の自分の感じていたことを体現していて、僕のヒーローだった。ジョンのストロベリーフィールズは今でも僕のテーマソングです。

一方、ポールの方は全然眼中にありませんでした。ビートルズのアルバムを聴くときは、ジョンの曲の味付け役としてなかなか良い役割をはたしていたけど、それ以外のなにものでもありませんでした。コマーシャリズム的な計算高そうなところも大嫌いだったし、破滅的じゃないとこも気にいらなかった。
芸術家は破滅的じゃないといけないというのが当時の僕の考えだったもので。

でも人間とは年を重ねると変わるもので、徐々にポールの良さが分かってきてしまいました。
きっかけは、ソロ二作目の’RAM’を聴いたことです。ビートルズ時代にはなかった、ポールのストレートな感情が感じられ、「おや?」と思ったのです。
それから、ポールのソロのアルバムを買いあさりました。なにより驚いたのは、各アルバムで全然雰囲気が違うこと、そしてどのアルバムもはずれがないことです。
音楽に対し、常に貪欲に追求している姿勢がすばらしいです。どのアルバムにもそれぞれのカラーがはっきりでていて、一枚一枚本当に楽しめます。
そこから、ビートルズ時代にさかのぼっていき、その時代のポールの曲も聴くようになりました。
後期の完成度の高い作品から聴いていってどんどん初期の作品へとさかのぼりました。
そしてようやく、ビートルズとは、ジョンとポールの奇跡のめぐり合いが全てだったんだという結論にたっしました。本当に美しいんだよね。なんであんな違う声の組み合わせが、絶妙のハーモニーを作り上げるんだろう?


ミュージシャンは、外見のイメージもとても大切な要素の一つで、それが絵や小説のような媒体と違うところです。見た目だけかっこつけたミュージシャンには全く興味がないけど、いい音楽を作ってかっこ悪いミュージシャンもあまりよろしくない。
ポールが良くなり始めた頃、僕の中のポールの印象は、いい音楽を作るかっこ悪いミュージシャンでした。しかし、本当に自分の心とはわからんものだ。ポールがかっこよく映ってきました。

その年の五月に、人に依頼されていた絵を描き終え、次は完全に自分だけの絵を描こう!と思った時、ポール.マッカトニー以外に考えれなかった。その頃には、自分の中のポールのイメージはとても定着していて、その理想を頭におきながら描きはじめました。
とにかく、ポールの音楽を聴いて驚かされるのは、バラエティに富んだ作品の数々です。ロックだけではなく、’音楽’というものに対し色んな角度からアプローチを重ねていて、本当に感心させられる。

そんな多才な、多彩なポールをどう表現しようかなーと考えていたところ、BOOK HOUSE’Q’という美術書を多く取り扱っている古本屋で、チャールズ.ロロマというインディアン.ジュエリーのアーティストの作品集を買いました。
その作品にすごい衝撃を受けてしまいました。その思い切った色と幾何学的な石の組み合わせは、自分の中にあるけど、まだ気づいていない遺伝子を見つけたような感覚をひきおこしました。
この新しく発見された自分の細胞でポールを表現しようと思い、ロロマの作品集を広げ、ポールの音楽を聴きながら描いたのでした。

僕の絵はこのように二つの要素をからめて描くことが多く、それがまたとてもおもしろい。一見まったく違った二つの要素が僕の絵の中で混ざりあって一つの作品となって残っていきます。
このポールは、僕がイメージするポールそのものです。

先日、奥さんのお店でお客さんがこの絵をみて、「絵はいいんだけど、真ん中にいるポール.マッカートニーみたいのが邪魔なのよねー。」というコメントを残していったそうです。
うーむ、そういう見方もあるんだーと、失笑してしまいました。
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by firewater19780530 | 2010-06-10 00:16

神様はみんな知っている

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2000.8・10
2000年の夏はとても暑かった。
その暑い夏の間に、いっぱい絵を描きました。色んな画風を試していて、色をつけて描くという行為が、ただただ楽しかった。
この絵は、朝に寝ようとした時ふとアイデアが浮かんで、眠気を忘れ一気に描きあげたものです。こんな絵なら何枚でも描けるし、誰のパクリでもない俺のオリジナルだ!と、根拠のない自信と充実感がこみ上げてきました。
でも、本当にこの絵を境に何かが変わった気がします。絶対に一般受けはしないと思いますが、僕はこの絵を描いてから先の何枚かがけっこう気にいってます。自分の本質にかなり近いような気がするのです。
そしてこの絵につけた題名もまた意味深げで気にいってます。

’神様はみんな知っている’

自分でも何のことだかよく理解していませんが、何だか説得力のあるフレーズです。
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by firewater19780530 | 2010-06-03 00:16

初雪

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2005.12.10
2003年以来、大川リエさん(妻)の熊をモチーフにしたカレンダーを描かされて?いて、この絵は2006年の11月用に描いた絵です。
熊を描くのも最初は自分のキャラに合わなくて抵抗がありましたが、今ではすっかり慣れました。
かわいいものはかわいく描けばいいんですね。そこに絵描きの個性の入る余地はない。

大川リエさんの熊は、色々シリーズがあり、このタイプは’マルコ’といいます。(命名は僕です)
11月使用という事もあり、初雪っぽい感じを出そうと心がけました。
僕は馬鹿なので、更にリアリティーを出そうと、12月の寒空の中、窓を開けて描きました。
とても寒かったです。

大川リエさんのつくる’マルコ’はなかなか評判がよくて、ふとしたきっかけでニューヨークの子供服のお店で委託販売することになりました。すごいなー。
そして、さらにすごい事が起こりました。

なんと、ビョークがマルコのうちの一人を買っていったみたいなんです!!

ビョークはそのお店の顧客らしく、たまに子供を連れてくるらしい。
その日も子供を連れてやってきて、マルコをえらい気にいってくれたみたいです。
「トラックにつぶされたような顔」というコメントを残し、抱きかかえて帰ったらしい。
ありがとう、ビョーク!
僕はとても興奮してしまって、友達みんなに知らせてしまいました。
でも今思いかえしてもすごい!ビョークの家にいるんだ!

奥さんは、あんまりビョークに馴染みがなかったみたいで、「ふーん」という感じでしたが。


ビョークの買った’マルコ’は、奥さんの店LiLLiputで販売中です。かわいいいっすよー。
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by firewater19780530 | 2010-06-01 22:50